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東京高等裁判所 昭和61年(行ケ)20号 判決

一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の要旨)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。

二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。

1 請求の原因四、1について

成立に争いのない甲第三号証(昭和五八年八月三日付け手続補正書)によれば、本願発明は、車両シート内に乗員を拘束するのに使用される改善された安全ベルト装置組立体、具体的には、最小の機能要素を使用し、乗員が装置組立体を使用するのに最小の操作しか要せず、使用しないときには乗務員室及びそこへの乗降の邪魔にならないように収納できる安全ベルト装置組立体を提供することを目的として(同手続補正書添付の本願明細書第六頁第四行ないし第一一行)、発明の要旨記載の構成を採用したものであり、巻き取り装置30、ベルト案内装置40及び係留装置21を車両ドア10に装備したことにより、右各部材とベルト20、着脱連結装置50より成る連続ループ状の安全ベルト装置を使用しないときには、安全ベルト装置がすべて(バツクルは除く。)ドアの隣接位置に収められ、ドアの開扉によつて乗員の通路から完全に外れるよう揺動し、乗員の車両への乗降の妨げとならないものであること(同第一〇頁第一九行ないし第一一頁第七行)が認められる。

原告は、安全ベルト装置を使用しない場合、全ベルトがドアの近傍に収納されるので、ドアの開放により搭乗者の出入経路から完全にドアとともに揺動避退するという、本願第一発明が奏する基本的な作用効果は、第一ないし第三引用例記載のものが奏することのできないものである旨主張するので、まず、この点について検討する。

成立に争いのない甲第五号証(第一引用例)によれば、第一引用例記載の発明は、「従来用いられていたベルトの不便な点は、それらのベルトが使用されない時に収納されずに乗客が車両を乗り降りする処にぶらさがつており、明らかにつまずく危険性があるということである。」(第一頁第二四行ないし第二八行)という知見に基づき、右の点を、解決すべき技術的課題とし、三点安全ベルト装置として審決認定の構成を採用したものであり(第一引用例記載の安全ベルト装置が審決認定の構成より成るものであることは、当事者間に争いがない。)、巻き取り装置(リール13)、上部ベルト案内装置(取付点5、輪11)及び下部ベルト案内装置(取付点7、輪12)をドア・ピラー6に装備したことにより、右各部材とベルト、着脱連結装置(留め金10)より成る連続ループ状の安全ベルト装置を使用しないときは、「車体のドア・ピラー6上に懸けられ、爪14が解放されておればリールの巻き取り力によつてぴんと張られる。ベルトは大きい場所をとらず、乗客が車両の内外へ乗り降りするのに全く邪魔にならない。」(同第二頁第三七行ないし第四四行)という作用効果を奏するものであることが認められる。

右認定事実によれば、第一引用例記載の発明も、安全ベルト装置を使用しないときは、ベルトが搭乗者の乗降の邪魔にならないように収納できる安全ベルト装置組立体を提供することを目的としていることは明らかであり、その点では本願第一発明と同一であるということができる。そして、本願第一発明においては、着脱連結装置をバツクルから離脱させることにより、ベルトがドアの内側に完全に収納保持されるものであり、第一引用例記載のものは、着脱連結装置を係止具(固着式の取付け金具9)から離脱させることにより、ベルトがピラーに収納保持されるものであつて、本願第一発明と第一引用例記載のものとでは、ベルトが収納保持される場所が異なるが、安全ベルト装置を構成するすべてのもの(本願第一発明においてはバツクル、第一引用例記載のものにおいては係止具を除く。)が乗員室の乗員が乗降する空間域外に装備されているという点では一致しており、それゆえに、第一引用例記載のものも前記のとおりの作用効果を奏するものであつて、安全ベルト装置を使用しない場合には、ベルトが搭乗者の出入経路から完全に避退していて乗員の乗降を妨げることがないという点で本願第一発明と第一引用例記載のものとの間には何ら差異はないものというべきである。

したがつて、原告の前記主張は理由がないものといわざるを得ない。

次に、原告は、例えば、第一引用例記載のものでは、二ドアの車両において後部座席の乗員が前部の座席を倒して車両から脱出する際にベルト装置に引つ掛かるおそれがあるが、本願第一発明の構成を二ドアの車両に適用したときは、右のようなことが起こることはない旨主張する。

しかし、二ドアの車両において、後部座席の乗員が前部の座席を倒して車両から脱出する際というのは、前部の座席の乗員が既にベルトを外して車外に脱出しているときであり、第一引用例記載のものは、前記のとおり、この状態においてはベルトのすべてがピラーに収納保持されているのであるから、後部座席の乗員が脱出するに際して、収納保持されたベルトが格別支障になるとは考えられず、原告の右主張も理由がないものというべきである。

2 同2について

前掲甲第三号証によれば、本願第一発明においては、ベルトは車両ドアの後部上方に取付けられたベルト案内装置に案内されて、車両ドアの後部に取付けられた巻き取り装置に巻き取られるものであつて、「ベルトと乗員の腕とが触れ合うことを最小限とする。」(本願明細書第九頁第一三、第一四行)ものであることが認められる。右認定事実によれば、本願第一発明に係る安全ベルト装置においては、胸ベルトが巻き取り装置に巻き取られる際、搭乗者の腕に触れることは否定できないものというべきである。

原告は、本願第一発明に係る安全ベルト装置においては、ベルトが乗員に触れることなくドア側に巻き取られる旨主張するが、右主張事実を裏付ける資料はない。

ところで、前掲甲第五号証によれば、第一引用例記載の安全ベルト装置においても、搭乗者の胴部を斜めに下向きによぎる方向に延びる胸ベルト1は、上部ベルト案内装置(取付点5、輪11)に案内されて巻き取り装置(リール13)に巻き取られるようになつているものであることが認められ、この作動態様は本願第一発明における胸ベルトの巻き取りの態様と差異はないから、腰ベルト2の巻き取りによる影響を受けるとしても、本願第一発明における胸ベルトの搭乗者に対する接触の程度に比べて格別の差異はないものと認めるのが相当である。

次に、前掲甲第五号証によれば、第一引用例記載の安全ベルト装置において、腰ベルト2は下部ベルト案内装置(取付点7、輪12)を介して巻き取り装置(リール13)に巻き取られるようになつているものであることが認められ、右認定事実によれば、巻き取りが開始された際、第一引用例記載のものにおける腰ベルト2の搭乗者への接触の程度は、本願第一発明における腰ベルトのそれに比べて大きいものと認められる。

しかし、右のとおり、第一引用例記載のものにおける腰ベルト2は、下部ベルト案内装置によつて案内されながら巻き取られるようになつているのであるから、腰ベルト2が搭乗者に触れても、そのことによつて直ちにベルトの巻き取りに支障を来すものとは考えられず、巻き取り装置に円滑に巻き取られるものと認めるのが相当である。

以上のとおりであるから、第一引用例記載のものが本願第一発明に係る安全ベルト装置に比べて、ベルトの搭乗者に対する接触が大きいとしても、ベルトの巻き取りという機能においては、実際上格別の差異をもたらすものとは考えられず、本願第一発明におけるベルトの巻き取りは第一引用例記載のものに比して格別に優れている旨の原告の主張は理由がないものというべきである。

3 同3について

原告は、本願第一発明はドアラツチの操作により巻き取り装置の張力解除装置は不作動になり、張力解除装置が不作動になれば、ベルトはドアの開閉に追従して巻き取り装置に巻き取られ、あるいは送り出されるから、着脱連結装置がベルトに固定されていない場合は、着脱連結装置をバツクルから外さなくても、ドアを開けると胸ベルト及び腰ベルトが移動して搭乗者から離れ、搭乗者は車両を出入することができる旨主張する。

しかし、本願第一発明は、その構成上、巻き取り装置が張力解除装置を持つこと、及びドアラツチの操作により巻き取り装置の張力解除装置を不作動とする構造を有することをその要旨とするものではないことは、前記本願発明の要旨から明らかであるから、本願第一発明が右構成を備えていることを前提とする原告の前記主張は理由がない。

前掲甲第三号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、「受動的ベルト案内拘止装置41」(第一三頁第一一行、同頁第二〇行ないし第一四頁第一行)と記載されていることが認められるところ、原告は、右記載中「受動的ベルト」とは、搭乗者が着脱連結装置をバツクルから外すことなくドアを開閉することによつて、車両に出入し得るベルトの状態を意味しているのであり、本願第一発明における着脱連結装置は右のような用法が可能なものであることを前提としている旨主張する。

しかし、前掲甲第三号証によれば、本願明細書上「受動的ベルト」が必ずしも右のようなベルトの状態を意味するものとは認められないばかりか、そもそも、本願第一発明は、ドアラツチの操作により巻き取り装置の張力解除装置を不作動とすることをその要旨とはしていないのであるから、原告の右主張も理由がないものというべきである(ちなみに、原告の主張する、ドアラツチの操作により巻き取り装置の張力解除装置を不作動とする構造は、本願第一発明の改良態様である特許請求の範囲(3)項記載の発明が備えるもの((請求の原因二(3)参照))である。)。

以上のとおりであつて、本願第一発明が第一引用例記載のものとの審決認定の相違点(1)及び(2)の構成の組合せにより奏する作用効果として、原告が請求の原因四、1ないし3において主張するところは、第一引用例記載のものが奏する作用効果と格別相違しないもの、及び本願第一発明の要旨ではない構成に基づくものであるから、右作用効果を本願第一発明に特有のものであるとし、審決はこれを看過した旨の原告の主張は理由がなく、審決に原告主張の違法はないものというべきである。

三 よつて、審決の違法を理由にその取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却することとする。

〔編註〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

(1) ラツチ付のドア、シートおよび床上装備のバツクル部材を持つ車両上の一本の連続ループ状の安全ベルト装置であつて、巻き取り装置、ベルト案内装置、係留装置および着脱連結装置を備え、前記巻き取り装置は前記ベルトの巻き取り収納および調整長位置での係留のため安全ベルトの第一の端部が取付けられ、かつ前記巻き取り装置は取付装置により前記車輛ドアの後部に取付けられ、前記ベルト案内装置は前記巻き取り装置の上方の位置において前記車両ドアに取付けられ前記巻き取り装置から上方に導かれる前記ベルトを受入れ前記ベルトを前記車両シートに座つている搭乗者の胴部を斜に下向きによぎる方向に向け、前記係留装置は前記ベルトの第二の端部が取付けられ、前記車両ドアにその下部において取付手段により取付けられ、かつ前記の着脱連結装置は前記ベルト案内装置と前記係留装置との間において前記ベルト上に装備され前記ベルトの中央部を前記車両シートの前記車両ドアとは反対側の前記車両床上装備のバツクルに着脱するようせられていることを特徴とする安全ベルト装置。(以下(本願第一発明」という。)

(2) ラツチ付のドア、シートおよび床上装備のバツクル部材を持つ車両上の一本の連続ループ状の安全ベルト装置であつて、巻き取り装置、ベルト案内装置、係留装置および着脱連結装置を備え、前記ドアの内側表面を貫通し前記ベルトを貫通させるベルト溝を設け、前記巻取り装置は前記ベルトの巻き取り収納および調整長位置での係留のため前記ベルト溝を通る安全ベルトの第一の端部が取付けられ、かつ前記巻き取り装置は取付装置により前記車両ドアの後部の内部に取付けられ、前記ベルト案内装置は前記巻き取り装置の上方の位置において前記車両ドアに取付けられ前記巻き取り装置から前記ベルト溝を通り上方に導かれる前記ベルトを受入れ前記ベルトを前記車両シートに座つている搭乗者の胴部を斜に下向きによぎる方向に向け、前記係留装置は前記ベルトの第二の端部が取付けられ、前記車両ドアにその下部において取付手段により取付けられ、かつ前記の着脱連結装置は前記ベルト案内装置と前記係留装置との間において前記ベルト上に装備され、前記ベルトの中央部を前記車両シートの前記車両ドアとは反対側の前記車両床上装備のバツクルに着脱するようせられていることを特徴とする安全ベルト装置。

(3) ラツチ付のドア、シートおよび床上装備のバツクル部材を持つ車両上の一本の連続ループ状の安全ベルト装置であつて、巻き取り装置、ベルト案内装置、係留装置および着脱連結装置を備え、前記巻き取り装置は前記ベルトの巻き取り収納および調整位置での係留のため安全ベルトの第一の端部が取付けられ、かつ前記巻き取り装置は取付装置により前記車両ドアの後部に取付けられ、前記ベルト案内装置は前記巻き取り装置の上方の位置において前記車両ドアに取付けられ前記巻き取り装置から上方に導かれる前記ベルトを受入れ前記ベルトを前記車両シートに座つている搭乗者の胴部を斜に下向きによぎる方向に向け前記係留装置は前記の第二の端部が取付けられ、前記車両ドアにその下部において取付手段により取付けられ、かつ前記の着脱連結装置は前記ベルト案内装置と前記係留装置との間において前記ベルト上に装備され、前記ベルトの中央部を前記車両シートの前記車両ドアとは反対側の前記車両床上装備のバツクルに着脱するようせられ、さらに前記巻き取り装置が前記巻き取り装置から前記ベルトに働く張力を選択的に解除させる張力解除装置を持ち、前記装置が前記車両ドアに装備され、前記巻き取り装置の前記張力解除装置をドアラツチに連結させて前記ドアラツチの操作により巻き取り装置の張力解除装置を車両ドアの開放に先立ち不作動とするようせられていることを特徴とする安全ベルト装置。

(4) ラツチ付のドア、シートおよび床上装備のバツクル部材を持つ車両上の一本の連続ループ状の安全ベルト装置であつて、巻き取り装置、ベルト案内装置、係留装置および着脱連結装置を備え、前記巻き取り装置は前記ベルトの巻き取り収納および調整長位置での係留のため安全ベルトの第一の端部が取付けられ、かつ前記巻き取り装置は取付装置により前記車両ドアの後部に取付けられ、前記ベルト案内装置は前記巻き取り装置の上方の位置において前記車両ドアに取付けられ前記巻き取り装置から上方に導かれる前記ベルトを受入れ前記ベルトを前記車両シートに座つている搭乗者の胴部を斜に下向きによぎる方向に向け、前記係留装置は前記ベルトの第二の端部が取付けられ、前記車両ドアにその下部において取付手段により取付けられ、かつ前記の差脱連結装置は前記ベルト案内装置と前記係留装置との間において前記ベルト上に装備され、前記ベルトの中央部を前記車両シートの前記車両ドアとは反対側の前記車両床上装備のバツクルに着脱するようせられ、さらに受動的ベルト案内鈎止装置が前記車両ドアの後縁の近傍かつベルト案内装置の近傍の位置で車両に取付けられ、常態ではベルト案内装置を鈎止せず、衝突または急激速のような緊急時に安全ベルト装置によりそれに過度の負荷が作用して車両ドア窓フレームが変形すれば前記案内装置を鈎止するようになつていることを特徴とする安全ベルト装置。

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